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「モンクレールについて学ぶ」セミナー [FQM]

いよいよ今度の日曜日(2/14)はモンクレール・ジャパン社より来ていただいて、
大阪府クリーニング生活衛生同業組合が「モンクレールについて学ぶ」セミナーを開催します。

表紙.jpg 当初は70名定員で行う予定でしたが、あまりの反響の大きさに定員を120名まで増やしましての開催となりました。
会場での準備や運営をお手伝いいただく組合役員さんを含めると140名くらいになるのでしょうか

申込みいただいている方々は、当日は駐車場の混雑も相当になると思われますのでなるべくJRの利用や乗り合いでご来場くださいね。

今回のようなセミナーはモンクレール社さんとしても初めての試み
社内での検討の上でご了承いただき、開催にこぎつけられて感謝・感謝の思いでいっぱいです。

クリーニング業者はただ洗って、仕上げをしてお返しすれば良いものではありません。
お預かりする商品のことを知ることから始めることが大切でしょう

そのような意味でも、今回のセミナーでしっかり学んで帰っていただきたいもの
特に高額なモンクレール商品はコピーも数多く出回っています。
本物とコピーの違いを自分自身で体験し、適切な処理ができるようになることが、消費者の皆さんやモンクレール社に対する礼儀でしょう。

これもFQM(ファッション・クオリティ・メンテナンス) の一つではないかと思っています。

 

 


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洗濯理論と技術論 [FQM]

クリーニング業界では技術論は盛んですが、根本となる哲学がどうも苦手なようで

FQMは哲学なので本になってもどれだけの人に受け入れてもらえるか?
しかし、こんな時代だからこそ 哲学(理論)を多くの人に理解してもらいたいですね

洗浄理論、仕上げ理論、繊維論などは技術論の一部は盛んに学ばれていますが
それらの根本となる哲学としてのFQM論のような哲学が忘れられているのがとっても残念

衣服は皮膚や身体を保護する役目から発展し、自己主張の一つのツールへと発展しています
そんな歴史や思想をも含めた形での基礎理論を持たないとクリーニングはアパレルと同じような道を辿るのでしょう

クリーニングも新しい流れを作れるように
哲学としてのFQMを確立して行きたいですね

そんなことを全ドラの親父に期待しています


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予防か? 治療か? [FQM]

今日の誠ブログ『日本人は白が好き』を読んでいて、予防医学の大切さと同じことだと思ってしまいました。

残念ながら日本においても予防医学は保健対象外だそうで、あまり普及していないとの記述がwikiに

クリーニングにおける予防医学を学ぼうとすれば、やはり人体の生理というか、家政学的なことを学ぶ必要があると思います。
繊維のこと、汚れの落とし方なども大切ですが、汚れがどのように発生するか、どこに付着するかなどももう一度考えたいもの
繊維の勉強も大切ですし、汚れの落とし方も大切ですが、偏ってはいけませんね。

お正月休みの間はもう一度この本を読んでみようと思います

洗剤と洗浄の科学 (新コロナシリーズ)

洗剤と洗浄の科学 (新コロナシリーズ)

予防することの大切さの視点から読めば得るものも多いでしょうし

大学に入りなおして勉強すると良いのでしょうが、時間もお金もありませんので自習ですね
しかし、今なら家政学と現実のものとして理解できそうな気もします。

長生きできて、元気があって、お金があったら学生生活をエンジョイしようかな[わーい(嬉しい顔)]

 


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FQMをどう実現するか? ノートその1 [FQM]

昨日は久しぶりに関親父さんとお会いしまして色々と積もる話をさせていただきました
その中で理論として存在するFQMを現実の中でどう発展させるのかを具体的に考えないといけないなぁと ・・・

そこで、考えをまとめるためにも少しづつアップして行こうかと思います

洗い屋と品質を考えたメンテナンスは異なります
ここで言う『品質』には
 素材の特性やデザイン、縫製、染色の状態、汚れの付着部位、付着の程度、付着後の経過時間、消費者の要求など
 たくさんの要素が含まれています。
これらの要素の中から依頼者と処置を行う者とが共同で優先順位をつけるのがFQMのスタートでしょう。

洗い屋さんなら「何でも洗ってシミ抜きすればOKだろう」とか「洗うと色が流れるものは不良品」などの反応が出るでしょうが
ファッションの品質をメンテナンスする作業と考えれば、洗えない服があるのも当たり前のこと
既存の機械が完璧な性能を有する訳ではありませんし、性能をフルに生かす洗浄技術を有するところも少数でしょう。

相互に不完全であり、歩み寄る余地があるからこそ発展が待っているのであって、自分の限界を基準に相手を非難するのはどうも方向が間違っているような気がします。

ドライクリーニングは羊毛製品などをフェルト化させず、形を崩さずに洗う(メンテナンスの一部)ために発展してきましたが、現在では芯地も変化し、使用される素材も羊毛以外にもポリエステルなどの化学繊維から綿や麻のような吸湿性の高い植物性繊維など対象物の幅が広がってきました。

また気候条件などから高温多湿な日本では汗の残留も多く、安易なドライクリーニングでは蓄積された汚れによる経時変化が著しいことから、ドライクリーニング発祥の地でのシステムがそのまま通用するかというと疑問です。
特に日本固有の設備として、石油系ドライクリーニングがほとんどであり、且つその中の大多数が十分な溶剤管理がなされず、溶剤の清浄化についても疑問を抱かざるを得ないような状況下では洗いの部分にも危機感を抱きます。

では、水洗いがドライクリーニングより勝っているのかを考えた時に
水洗いでは十分な除去が出来ない汚れも多く、排水に含まれる多様な物質(洗剤分から汚れなど)の処理や水が繊維に与える影響(変化)や形態や風合い復元の難しさなどを考えるとこれも難しさを捨てきれません

どのように洗っても問題があるのなら、極力洗わなくとも良い手段を考え、そのお手伝いを行うのもFQMかもしれませんね。

『手伝う』 という言葉の意味も難しいですね 手伝いの一つの形に応援がありますが
応援するにしても様々な形がありますよね。 
応援される立場の方の主張を全て受け入れ、その示す方向に沿って出来ることを行うのも一つ。
出来る範囲を限定して手助けするのも一つ
場合によっては、相手方の主張に対し疑問を投げかけるのも一つ

FQMの入り口の優先順位付けとは
自分自身の持つ技能、センス、知識の全てと顧客の要求を秤にかけて
出来る範囲を明らかにした上で優先順位を付けることでしょう。

自分自身の技能やセンス、知識は学ぶことで大きくすることが可能ですし
必要な設備も知識やセンスの向上で現有設備の性能をかなり向上させることが可能でしょう。

こう考えるとFQMは機械的に作業できるものではなく、画一化できるものでは無いかもしれません。
一つ言えることは、自己研鑽を忘れると発展が止まるということでしょうか。

これからも少しづつ考えてみたいと思います


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木を見て森を見ず [FQM]

まこっちゃんブログに『喜び』と『美』の話が[わーい(嬉しい顔)]

「木を見て森を見ず」 という言葉がありますが、
今までのクリーニング屋さんは洗い屋であり、シワ伸ばし屋さんで
最近ではシミ抜き屋さんも増えています。

しかし、気になるのは
汚れやシワばかり見てファッション全体を見ていないとこでしょうか

美は色気(艶)にも通じると思うのです
人の目を気にする(意識する)ことが色気の基本、
人に映る自分自身を想像することが色気の基本、

そういえば、クリーニング業者さんの多くは服装にも無頓着[がく~(落胆した顔)]
人に見られることの緊張感や嬉しさを知らないのでしょうね

色気を理解していないのに色気の仕事をしてても成功は難しい
だから、時間当たりの処理点数や利益ばかりに目がいって
森からすらも追い出されてしまう結果となるのでしょう

せめて森の中に戻ってくれないと
この業界も明日がない

 


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